「思い出がカナしくなる前に」さよならポニーテール
「言いようの無い『喪失感』からの始まり」
日々、枝分かれし続ける、わたしの目の前の箱の中。そのブラックボックスの中へひとたび飛び込めば、無限の世界に繋がれるのだろうか? その先にあるのは、むしろ無限に続く複製地獄であり、全体を把握することなど最初から不可能だ、という諦め。
全ての、データ化されうるポップカルチャーは、それらの問題を見ぬふりをして、何かを創ることなど出来るのか?いや、むしろそれ自体を矛盾として内部の物語に取り込むことで、次のステージに進むことは出来ないのだろうか?
階層構造、あるいはツリー構造と呼ばれる木々のその先端部分から、見渡す景色は何を変えたのだろう? しかし、それらの木は連なり、そして森へと続くのなら。わたしは、その向こう側に行きたい。
密林とよばれる出口から、まだ見ることのないあなたに届くことを願って。
by クロネコ
「つまり、表面上の木という外見にはまったく重要なものはない。あるのは大樹というイメージだけだ。大事なのは、あの樹皮の内側であり、(決して地表からは見ることは出来ないが)地べたを這うように広がる根や蔦であり、つまり地表の何十倍もの広がりをもっているだろう地下茎のほうだ。 [ … ] しかも、その地表に現れている部分でさえ日々、刻々と変化をしていて、葉や枝の先端などの成長は意外にも早く、同じ形の状態などもしかしたらほとんどないのではないか、と思えてくる。つまり、今日の樹木は、もう昨日の樹木とは違うものであり、もう、わたしの知っているそれではないということだ。」(クロネコノートより)

「レオ・レオニが言うところの ——おそらくすべての芸術の目的であろう『幻想の現実』という大きな虚構を作りあげる—— というその行為の途中で、どうやらわたしたちは実際の世界との境界を見失ってしまったようなのです。今もわたしたちはその境目が分からずにいるし、もっと言えば、ほんとうにこちら側が虚構なのかどうかすらあやふやな状態でいる、という方が正しいかもしれません。」(クロネコノートより)
「それは、この町の各家庭に年に一度、必ず郵送されてくる「モミュだより」という数ページしかないモノクロの冊子で、これは町の年間行事や、議会での審議内容の報告、公共施設でのサービス説明などが掲載されている町で唯一の公な資料なのです。こんなものは、制作している役場の人間以外にキチンと読んでる人がいるのか、と思うくらいどうでもいいメディアではあるけれど、この町自体が、そもそも他のメディアやニュースなどに取り上げられることもなければ、ネットにもほとんど情報がないような場所なので、正確な情報を得るには意外と役に立つのです。
そんな最新の「モミュだより」の<町の概要>という項目部分を簡単に引用すると「町の南側は海に面し、周囲の三方を森に囲まれている。温暖な気候と豊かな自然に恵まれた土地で森林が面積全体の80%を占める。人口は約五千人」というのがこの町の簡単な説明です。このデータからもわかるように、この地域は地形的に四方を森と海に囲まれているので空間的に非常に閉鎖的なのです」
めがねくん・証言1
「まったりしてしまったり」さよならポニーテール
「現実と非現実のグレーゾーン・初音ミクは新種の性癖のようなものである」
初音ミクに無くて、生身の人間にあるもの。ブレス(息つぎ)、吐息、リップノイズ。そして、ささやき、つぶやき、などの揺れ・ニュアンス。何よりも『再現性』の有無。そう、あのテイクは2度と存在しないのである。
生を感じるというのはどういうことか。生でなければならない理由は何なのか。2.5Dというのは、2次元越しのリアルではなく、2次元と3次元の共存。どこまでも続く、グレーゾーンに存在するポイント探しの旅。または、ゆるふわなキノコの森の奥に存在する夢のような世界のこと。by クロネコ
「さよなら、ありがとぉ」さよならポニーテール
「終わるということは、始まるということなのか?」
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ぼくもういかなきゃなんない
すぐいかなきゃなんない
どこへいくのかわからないけど
さくらなみきのしたをとおって
おおどおりをしんごうでわたって
いつもながめてるやまをめじるしに
ひとりでいかなきゃなんない
どうしてなのかしらないけど
(「さよなら」谷川俊太郎/一部抜粋)===================================
「クローン(clone)とは、ギリシャ語で「小枝、芽、発芽」を意味する単語を語根としています。簡単に言えば、人工的に細胞を複製(コピー)し、培養することです。この技術で、あらゆるものが当たり前のように複製することが(つまりコストをかけることなく、なおかつ劣化のないコピーが)可能になると、わたしたちは今までの価値観や倫理観を根底から変えなければならないのです。当然、食料問題や医療などの分野においては理想的な技術だったのかもしれません。質的な均一化が可能であり、なおかつ無限に生産できるとなったとなれば、食料に困ることも、無駄な争いもなくなるのですから…。」(クロネコノートより)
(図版:漫画「きみのことば」さよならポニーテール/119P)
「詩についての判断は詩よりも価値がある」ロートレアモン
「わたしはわたしが可能な限りのことばを使って、あの出来事について記そうと思っています。正確に記述する自信はありませんが、今のわたしにとっては「正確である」ということは、何の意味も持ちません。大切なのは、わたしにはどう見えたのかということであり、それをあなたが信じるかどうかなのですから。」(クロネコノートより)
「小さな森の大きな木」
おかあさんがわたしに 読み聞かせてくれた あるお話
石の壁の内側は ひんやりとしていて
夜の透明な黒に すっかり包まれていたの
枕元のオレンジ色の光 ベットの中はとてもあったかかった
風が強い日で 外はごうごう 木がざわざわ騒いでた
それは葉っぱをつなぎ止めようとする木と
奪い去ろうとする風が出している音だって
わたしはその日 初めて感じたんだった
そのお話を聞いたのは その日のたった一度だけだった
だけどわたしは今でも その夜のそのお話を
はっきりと憶えているの
みぃな・証言1
「無気力スイッチ」さよならポニーテール
「とってくれ、彼女の胸のスカーフを わが愛の喜びの靴下どめを ! 」ファウスト
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「すべては映像と印象だけで綴られ、時はカタツムリが這うようにゆっくりと進んでいった。わたしはこうして日々を過ごすほかなく、それは永遠に終わらないことのように思えた。わたしたちは皆、幸せだった。そして、それがすべてでもあった。単調に過ぎていく日々の中ですることといえば、成長すること以外になにもなかった。 [ … ] わたしたちは誰かの脚や手、その一部を見ただけで、それが誰のものか見分けられた。誰かが ” わたし ” といったら、それは髪の分け目からつま先までの全身を意味した。わたしは自分という存在を目や指先と同じくらいに強く、脚全体に感じていた。女の子たちがどんなことを話していたか、あまり記憶に残っていない。けれど、彼女たちがどのように歩いていたか、それははっきりと覚えている。」(「ミネハハ」フランク・ヴェデキント 訳:市川実和子)
「どぎ☆まぎバレンタイン」さよならポニーテール
〜甘くとろけるような 恋の呪文 魔法にかけたい〜
Baby あなたに あげたい 浮気なこころに あげない
甘いお菓子を ちょうだい 揺れてるこころに あげない
Baby あなたを ちょうだい 一途なあなたに あげたい
甘くて優しいChocolatを Happy Valentine’s Day
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「にもかかわらず、カカオの実から作るこの得体のしれない飲み物、チョコレートーーそれはマヤの言葉で ” カカオの水 ” を意味する、カカワトルに由来しているというーーは不思議なことに、気味悪がられれば気味悪がられるほど、多くの人びとに受け容れられていったのだ。最初に夢中になったのは女たちだった。」(「赤の他人の瓜二つ」磯﨑憲一郎)
![blackcatsbox:
「つまり、表面上の木という外見にはまったく重要なものはない。あるのは大樹というイメージだけだ。大事なのは、あの樹皮の内側であり、(決して地表からは見ることは出来ないが)地べたを這うように広がる根や蔦であり、つまり地表の何十倍もの広がりをもっているだろう地下茎のほうだ。 [ … ] しかも、その地表に現れている部分でさえ日々、刻々と変化をしていて、葉や枝の先端などの成長は意外にも早く、同じ形の状態などもしかしたらほとんどないのではないか、と思えてくる。つまり、今日の樹木は、もう昨日の樹木とは違うものであり、もう、わたしの知っているそれではないということだ。」(クロネコノートより)](http://24.media.tumblr.com/tumblr_lxm8kpxpBI1rn5ohso1_r1_500.jpg)





